1.退職金とは
まずは、財産分与における退職金の性質を紹介します。退職金は、雇用中の従業員に対して、勤務状況(一般的には勤務期間)に応じて支払う後払い賃金の一種です。前借りなど特別な事情がない場合、退職時に一括して支給されます。
日本は退職金制度が浸透しており、一定期間勤務を継続していれば受け取れることは多いようです。具体的に退職金がいつから出るかは企業や組織によって異なりますが、勤続3年以上の従業員を退職金支給の対象としていることが一般的です。
退職金は、勤務期間中に累積されたものを退職時に受け取ります。そのため財産分与の際は、退職前でも受け取る権利が発生しているものとして、分配の対象になるケースがあります。
2.財産分与とは
財産分与は、夫婦が生活を共にする中で共同して築いた財産を、離婚にあたってそれぞれに分配し、帰属させる作業のことです。婚姻期間中にそれぞれ得た財産や収入を2分の1ずつ分けることが原則ですが、当事者間で合意した内容が優先されるため、話し合いで割合を変更することも可能です。
なぜそれぞれの名義の財産を配偶者に分与する必要があるのか、と疑問を持たれることもあります。その理由は、日本では「婚姻期間中に得た財産は相互扶助によって築いたものなので、配偶者と共有している」と解釈されるからです。
仮に夫婦のどちらかが家事、どちらかが労働に従事していたケースでは、専業主婦(夫)には直接的な収入がないことも多いです。この場合でも、配偶者の賃金収入に対する貢献が認められることから、財産分与が必要となります。
また、労働を担当しなかった配偶者が離婚後も生活をできるように財産分与が行われるケースや、離婚原因を作った側からの損害賠償として支払われるケースもあります。
ただし、損害賠償としては財産分与とは別に慰謝料が支払われる方が一般的です。
2-1 財産分与に含まれるもの
財産分与の対象となるのは、婚姻期間中に夫婦で築き上げたと考えられる財産です。おもに結婚してから離婚までの間に得た財産を指し、法的には「共有財産」と呼ばれます。
共有財産に含まれるものとしては、以下が代表的です。
- マイホームなどの不動産
- 自動車
- 預貯金や現金
- 年金
- 退職金
- 保険の解約返戻金
- 有価証券
- 資産的に価値のある家具や家電などの家財
車や不動産に関しては、ローン残債に対してどの程度価値があるかによって、財産分与に含まれるかが変わってきます。不明な場合は弁護士に相談し、確認してみることをおすすめします。
2-2 財産分与に含まれないもの
夫婦それぞれが個人で得た財産や、独身時代から継続して保有している財産については、「特有財産」と呼ばれ財産分与の対象になりません。例えば、以下のような物は除外されますので注意してください。
- 独身時代から継続使用しているマンションや自動車
- 独身時代の預貯金
- 独身時代の貯金で結婚後に購入した有価証券
- 親や親戚から受け取った相続財産や贈与財産
- 別居期間中に得た財産
有価証券の例のように、結婚後に入手した財産でも、その購入に独身時代の貯金が使われていた時は特有財産になるため、財産分与の対象に含まれません。
3.離婚時の財産分与に退職金は含まれるのか
退職金は、基本的には離婚時の財産分与に含まれます。「勤務期間中に累積される後払い賃金」という性質上、婚姻期間中に増加した分は配偶者との共有財産とみなされるためです。これは未払いの状態でも同じで、退職金を受け取る権利そのものは発生していると解釈されます。
ただし、実際に離婚時に退職金の分配が受けられるかどうかは、離婚のタイミングが退職前か後かによっても変わってきます。
退職金の財産分与がどうなるのか、離婚のタイミングごとに詳しく見てみましょう。
3-1 退職後に離婚するケース
退職金を受け取ったあとに離婚する場合、財産として手元に残っている分が財産分与の対象となります。ただし、対象となるのは婚姻期間中に累積したと判断される分のみです。
そのため、婚姻前に就職した勤務先に結婚後も継続して勤めていた時は、退職金のうち婚姻期間中に発生したと考えられる割合を算出し、それをもとに計算を行います。
仮に、独身時代から合計10年勤務しており、そのうち婚姻期間が8年であれば、財産分与の対象となるのは8年分です。
また、退職金の一部をすでに使っている状況だと、その分は財産分与の対象とはならないことがあります。このあたりは、用途などに応じてケースバイケースで判断が分かれるポイントですので、当事者間で判断できない時は弁護士に相談することをおすすめします。
3-2 退職前に離婚するケース
退職前の離婚では、退職金は支給前なので手元にありません。この場合は、状況によっては分配が行われないこともあります。
退職金は、勤務中に築いたものが退職時に後払いされるという性質上、退職前であっても発生自体はしていると考えられます。そのため、財産分与の対象にすることは可能です。
しかし、支払いに不確定要素があると、分配をしないケースも多いです。例えば「離婚から退職まで期間が長く、確実に支払われるか分からない」「退職前に倒産すると退職金をもらえない」といった事情が挙げられます。
退職金の分配をめぐり争いに発展したケースでは、離婚時点で近い将来の退職を予定しているなど、退職金の支払われる公算が大きい場合に、財産分与の対象とすることが認められています。
なお、過去には定年まで15年以上あることを理由に、財産分与の対象と認められなかった事例もありました。
4.退職金を財産分与するための計算方法
財産分与の原則にのっとり、2分の1を基準に分配するのであれば、退職金を財産分与する際の計算は次の通りです。
財産分与額 = 退職金の総額 × ( 同居期間 / 勤務期間 ) ÷ 2
計算に同居期間が考慮されるのは、同居中に築いた財産のみが財産分与の対象となるためです。具体例を見てみましょう。
A夫婦の場合
退職金の金額 | 1,500万円 |
---|---|
同居期間 | 9年 |
勤務期間 | 12年 |
この場合、A夫婦の離婚によって行われる退職金の財産分与の金額はこのようになります。
1,500万円 × (9 / 12) ÷ 2 = 562万5,000円
前述の通り、財産分与の内容は当事者の合意が最優先されるため、割合を2分の1から変更することも可能です。その時は、2分の1で割った部分の数値を変更して計算します。
5.離婚したあとに財産分与は請求できる?
離婚後に、元配偶者が退職金を受け取ったため、財産分与の請求をしたい場合もあるでしょう。離婚が成立したあとでも、退職金の分配を請求することはできますが、以下の条件があります。
- 離婚時に財産分与の協議をしていない
- 離婚時に財産分与の協議をしたが現在まで合意に至っていない
- 上記どちらかに該当し離婚から2年経過していない
すでに財産分与に関する協議が完了しており、金額が確定していると、あとから合意をくつがえして追加の請求を行うことは原則できません。
また財産分与の請求には期限が設けられており、請求手続きを行う際は注意が必要です。手続きごとの具体的な年数を見てみましょう。
5-1 離婚後2年以内に取り決めをするか裁判所で調停を申し立てる
財産分与の請求には期限があり、離婚後2年以内に内容を取り決め、合意しておく必要があります。2年以内に協議をまとめるのが難しい時は、同じ期日までに家庭裁判所に調停を申し立てなければなりません。
2年を過ぎると財産分与請求権はなくなり、それ以降は請求しても認められなくなります。
※令和6年12月現在の情報です。ちなみに、財産分与を請求できる期限については、令和6年5月の民法改正により、離婚時から5年に延長され、同改正は2年以内に施行されますが、現時点では、同改正がいつ施行されるかは未定です。
5-2 財産分与の確定から5年以内に請求する
当事者の間で確定した財産分与請求権には時効があるため、所定の期限内に請求しなければなりません。
当事者間の協議で合意して、確定した財産分与請求権の時効期間は5年間です
この期間中、財産を分与する側が支払いを行わず、分与される側が請求もしないと、分与する側の支払義務が消滅しかねないため注意が必要です。
6.財産分与された退職金を確実に受け取るためには仮差押えを行う
仮差押えとは、何らかの請求権の対象となっている財産を、債務者(支払う方)が勝手に処分できないよう、裁判所の命令によって保全する手続きのことです。
退職金が財産分与の対象となる場合、裁判所に申し立てて確保することができます。ただし、仮差押えは人の財産の使用を制限する強い効力を持っている手続きです。そのため、保全の必要性があり、かつ正当な理由がなければ却下されます。
申し立てには裁判所での手続きが必要です。また、退職金を財産分与の対象とすることが相当と認められる証拠を要求されることがあります。自分で準備するにはハードルが高いため、弁護士に依頼することが一般的です。
7.退職金を財産分与で払いたくない時
円満離婚でないケースや、退職金を分与する財産に含めることに納得できない時は、支払いたくないと思う方もいるかもしれません。
離婚から退職まであまり期間がない場合や、受け取り済みの場合、退職金が出るのが確実な場合などは、財産分与に含めないのは現実的に難しいです。しかし、支払う金額を抑えられることもあります。
具体的な方法を2種類見てみましょう。
7-1 自己都合退職の場合の退職金を提示する
財産分与の内訳は当事者の同意で変更できるため、定年退職時の金額でなく、自己都合退職した時の金額をベースに計算することも可能です。一般的に、退職金は定年退職した時より自己都合退職した時の方が少ないため、退職金の金額を減らせることがあります。
なお、この方法を利用できるのは、まだ支給されていない退職金の財産分与を行う時だけです。すでに退職金を受け取っていると使えませんので注意してください。
また、渡す金額が少なくなる分、相手方との話し合いが必要になります。
7-2 分割払いにするよう依頼する
退職金は金額が大きいため、一度に財産分与を行うのは難しいこともあります。特に、退職金をまだ受け取っていないのであれば、手元にお金がない分支払えないケースは多いようです。
一括での支払いが難しいのであれば、分割払いの依頼や、退職金が出た際に後払いすると交渉をしてみることも選択肢の一つです。
すでに退職金を受け取っている場合も、一度に財産が激減すると困るのであれば、分割払いの交渉をしてみましょう。
なお、前述のように夫婦の生活費などに退職金の一部を使用していると、その分は財産分与に含まれないこともあります。控除すべき分がしっかり計算されているかも確認してみてください。
8.共働きにおける退職金の財産分与
共働き夫婦の財産分与で、夫と妻どちらも退職金を受け取る時も、原則的なルールは変わりません。相互の退職金の同居期間に発生した分を計算し、お互いに分け合うこととなります。
なお「お互いに」といっても、それぞれ分与する金額に差異があることが一般的なので、実際の支払いでは差し引きした金額をやりとりすることが多いです。
例えば、夫の退職金が1,000万円、妻の退職金が700万円で、どちらも2分の1の割合で分け合うとしましょう。この場合は、夫から妻への分与が500万円、妻から夫への分与が350万円になるため、差し引き夫から150万円支払って清算する、という形で処理します。
9.年金の財産分与はどうなる?
厚生年金には、年金分割請求といって、離婚時に年金の分割ができる手続きがあります。一般的な財産分与とは異なり、婚姻期間中の配偶者の年金記録の一部を自分の年金記録に算入し、将来的な年金の受取金額を増やす形で分配が行われます。
厚生年金の分割制度は以下の2種類が用意されています。
概要 | 制度利用の要件 | |
---|---|---|
合意分割制度 | 離婚時、当事者の請求により婚姻期間中の厚生年金記録を分割できる制度。 | 1.婚姻期間中の厚生年金記録がある 2.当事者の合意か裁判で按分割合を定めている 3.離婚した日の翌日から起算して2年経過していない |
3号分割制度 | 離婚時、国民年金の第3号被保険者からの請求により相手方の厚生年金記録を2分の1ずつ分割できる制度。 | 1.婚姻期間中の平成20年4月1日以後に国民年金の第3号被保険者期間がある 2.離婚した日の翌日から起算して2年経過していない |
※参考:離婚時の年金分割|日本年金機構
原則離婚から2年以内に手続きが必要なため、ほかの財産と同様に、期限内に手続きをしてください。
※令和6年12月現在の情報です。ちなみに、財産分与を請求できる期限については、令和6年5月の民法改正により、離婚時から5年に延長され、同改正は2年以内に施行されますが、現時点では、同改正がいつ施行されるかは未定です。
10.離婚時の財産分与を有利に進めたいなら弁護士に相談を
退職金も財産分与の対象となりますが、退職金の支払いが確実でない場合や、離婚から支給まで長すぎる場合などは、対象とならないケースも多いです。
退職金の財産分与を正当な金額で受けたい時や、事情があって相手方の要求通りの支払いが難しい、納得できない時は、どちらも交渉が必要です。適切に財産分与を行うのであれば、弁護士に相談することをおすすめします。
このページの監修弁護士
弁護士
三上 陽平(弁護士法人ライズ綜合法律事務所)
中央大学法学部、及び東京大学法科大学院卒。
2014年弁護士登録。
都内の法律事務所を経て、2015年にライズ綜合法律事務所へ入所。
多くの民事事件解決実績を持つ。第一東京弁護士会所属。