
1.公正証書とは
公正証書とは、公証人が第三者の立場から内容と有効性を証明する契約書です。
公証人の立ち会いによって契約書を作成することにより、法律関係を明確にし紛争を防止する目的で行われています。
民事契約は当事者の間で締結しても成立しますが、契約内容の不備により効力を発揮できないこともあるでしょう。例えば、口約束だったため契約そのものを無かったことにされる、お金を貸したときに違法な利息を設定してしまい無効になってしまう、といったトラブルが考えられます。
公正証書により契約内容を残しておけば、そういったトラブルを予防することが可能です。
公正証書の作成手続きは、公証人法によって細かく規定されています。例えば作成時の本人確認の方法や、通訳を立ち会わせなければならないケース、代理人に依頼する場合のルールなどが全て決まっており、厳格な手続きによって法的な効力を担保しているといえます。
参考:公証人法(明治四十一年法律第五十三号)|e-Gov 法令検索
1-1 公証人とは
公証人は公正証書の作成をサポートする者のことです。判事や検事などの専門職を長く勤めた法律の専門家から法務大臣が任命します。国から給与を支給される国家公務員法上の公務員ではなく、業務を通じて支払われる手数料が報酬となりますが、業務の性質上実質的な公務員です。
全国におよそ500人おり、法務大臣が指定する所属法務局の管轄区域内にある公証役場で事務を行います。
公証人は、弁護士などとは違い依頼者の利益のために活動するのではなく、当事者を公平かつ中立の立場から補助することが役目です。
参考:公証制度について|法務省
1-2 公証役場とは
公証役場は、公証制度の実現のために設置される公的な施設です。公正証書は公証役場で作成します。公証人が執務を行う事務所でもあり、全国に約300ヶ所存在します。
公証役場は法務省の管轄施設です。「役場」と名前がついていますが、地方自治体の市役所などとは異なります。各都道府県に1つ以上置くことになっており、都心部など人口密集地に多く設置されています。
公正証書を作成したいときには、各地域の役場ではなく公証役場に向かうようにしましょう。
参考:公証制度について|法務省
2.公正証書の種類
公正証書には、大きく分けて「法律行為に関する公正証書」「私権に関する事実についての公正証書」の2種類が存在します。法律行為に関する公正証書は、さらに「当事者間の契約に関する公正証書」「嘱託人の単独行為に関連する公正証書」の2種類に分類できます。
それぞれどのような場合に活用されるのか、詳しく紹介しましょう。
2-1 当事者間の契約に関する公正証書
比較的なじみ深いのが、当事者間の契約に関する公正証書でしょう。例えば土地や建物の売買や賃貸借契約、お金の貸し借りの契約などの公正証書はこちらに該当します。
以下で具体的に解説していきます。
2-1-1 任意後見契約公正証書
任意後見契約公正証書は、任意後見契約を公正証書で書面にしたものです。
任意後見契約は、精神障害のある方や認知症の方など、法律行為の意思能力に欠くもしくは不足する方を守るために行われます。被後見人の代わりに任意後見人が意思決定をすることで、だまされて財産を失うなどの不利益を受けることを防ぎます。
任意後見では、元気なうちに認知症に備えておきたい場合などに、被後見人の意思で後見人を選択可能です。
任意後見人は、本人に代わって財産を使うことができるなど、非常に強い権利を持つことが特徴です。契約が被後見人の意思で行われたことを証明するため、公正証書により契約を締結しなければなりません。
2-1-2 金銭消費貸借契約公正証書
お金の貸し借りに関する各種条件を定める「金銭消費貸借契約」を公正証書としてまとめたものです。公正証書にすることで、いつ誰がどのくらいお金を貸し借りしたのか、契約の存在を証明できます。
また、「強制執行認諾文言」を付与することで訴訟手続きを省略して財産を差し押さえることが可能なため、相手に心理的プレッシャーを与えられます。その分、いわゆる「借金の踏み倒し」にも遭いにくくなるでしょう。
2-1-3 土地建物賃借契約公正証書
土地建物賃借契約公正証書は、その名の通り土地や建物の賃借契約に関する公正証書です。
事業用の土地や建物に関しては、無用なトラブルを防ぐため公正証書での契約が必要なことがあります。ケース別の、公正証書による契約の要・不要は以下の通りです。
事業用借地権の設定(借地借家法第23条) | 公正証書による契約が必須 |
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定期借地権の設定(借地借家法第22条) | 書面により契約を締結(公正証書による契約は義務ではない) |
定期建物賃貸借契約(借地借家法第38条) | 書面により契約を締結(公正証書による契約は義務ではない) |
2-1-4 離婚給付等契約公正証書
離婚給付等契約公正証書は、夫婦の離婚に際してのさまざまな取り決めを公正証書にしたものです。離婚には、離婚届による協議離婚のほか、調停離婚と裁判離婚があります。
協議離婚では、離婚による給付内容は離婚協議書などを使って当事者間で取り決めることが一般的です。しかし、相手方の誠実な支払いが期待できないケースなどは、より確実な履行のために公正証書として残した方が良いでしょう。
離婚時に公正証書を作成する場合は、以下の内容を定めることが一般的です。
夫婦間における協議の内容 | 子どもがいる場合に発生する決め事 |
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財産分与の有無と金額 | 親権者と監護権者の定め |
慰謝料の有無と金額 | 養育費の金額 |
年金分割に関する取り決め | 子どもとの面会交流の頻度 |
養育費や慰謝料の支払いに関しては後述の「強制執行認諾文言」を盛り込むこともあります。
2-2 嘱託人の単独行為に関連する公正証書
単独行為とは、1人の当事者の意思表示によって成立する法律行為です。例えば土地の売買では、条件は売主と買主の合意により定めますが、単独行為の場合は他者の合意を必要なく成立させることができます。
単独行為に関する公正証書として代表的なものには、遺言書や時効の援用、債務の免除などがあります。
2-2-1 遺言公正証書
誰にどのような財産を残すのか、遺言書の内容を定めた公正証書です。
「自分の財産をどのように分配するのか」といったことは遺族で争いが起きやすいため、遺言の内容を公正証書にすることはメリットが大きいでしょう。遺言書は法的に細かい規定があり有効性をめぐってトラブルが起こることもあります。
遺言書を公正証書で残しておけば、こういった紛争を防ぎつつ、死後はきちんと自分の意向に沿った相続がされることを期待できるのです。
遺言公正証書を作成する際は、公証人の前で遺言の内容を口頭で述べ、公証人が文章を作成する方法となります。通常の自筆証書遺言とは異なり、開封前の裁判所の検認は不要です。
2-2-2 遺産分割協議公正証書
遺産分割協議書は、被相続人の死後に遺産をどのように分割するかを相続人どうしで協議し、その結果を書面にまとめたものです。
遺言公正証書とは、被相続人ではなく相続人が作成し、被相続人の意向を考慮せずに作成できるという点が異なります。こちらも、トラブルになりやすい遺産分割協議書の証拠能力を担保できることから、公正証書にするメリットは大きいでしょう。
2-2-3 死因贈与公正証書
死因贈与とは、贈与者が死亡することによって履行される贈与契約です。生前贈与とは異なり、契約は生前に行いますが贈与は死後に発生します。死因贈与契約は口約束でも有効ですが、相続人がいる場合は紛争の原因となりやすいため、公正証書にすることで契約の存在を確実に証明できます。
死因贈与が遺贈と異なるのは、財産を受け取る方の意思が介在しているかどうかです。遺贈はあくまで「財産を贈与する」という一方的な意思表示なのに対し、死因贈与は双方同意のもとで行われます。
2-2-4 保証意思宣明公正証書
保証意思宣明公正証書は、他人の事業用借り入れの保証人になる際に必要な公正証書です。
2020年4月1日の改正民法により導入されたもので、「借金の内容とそのリスクを理解したこと」を公正証書で証明しない限り、事業用借り入れの保証人にはなれなくなりました。
騙されて保証契約を結ぶ、内容を理解しないまま軽い気持ちで保証人になるといった問題を未然に防ぐために役立っています。
2-3 私権に関する事実についての公正証書
私権に関する事実についての公正証書は、公証人が直接見聞きして確認した事実を記録した公正証書です。正式には「事実実験公正証書」と呼びます。
2-3-1 事実実験公正証書
前述の通り、事実実験公正証書は事実の記録を目的とするものなので、契約に関する公正証書とは違い特定の使い方はありません。記録されている内容は強い証拠能力を持つため、あとから公証人が記録した事実に対し、第三者が疑問や異論を唱えにくくなります。
例えば相続において、相続人の代表者が被相続人の財産を調査するため、貴金属や骨董品などの価値の高い動産を保管している場所に立ち入るとします。この際に公証人に立ち会ってもらい中立の立場から内容を記録してもらえば、ほかの相続人とのトラブルが発生しにくくなるでしょう。
3.公正証書を作成するメリット
公正制度は、契約の効力を担保するためのものですが、必ずしも契約書を公正証書にする必要はありません。では、なぜ公正証書を作成するのでしょうか。
ここでは、公正証書を作成するメリットを解説します。
3-1 執行力がある
公正証書を作成するメリットの一つは、執行力があり強制執行の根拠にできることです。
お金を返してもらう、養育費を支払ってもらうといった契約が守られないときに強制的に債務を履行することが必要となります。
この強制執行を行うためには、「債務名義」と呼ばれる書面が必要です。債務名義とは、訴訟の判決や調停調書に加え、公正証書も該当します(ただし、公正証書に債務名義としての効力を持たせるには「強制執行認諾文言」を盛り込み相手の同意を得る必要があります)。
つまり、公正証書があれば、訴訟や調停などを行わなくても強制執行が可能です。公正証書で交わした契約は、このように強い効力を持つため、内容を遵守してほしい場合に効果的でしょう。
3-2 安全性が高い
安全に保管できることも、公正証書の特長です。
個人間の契約では、しばしば契約書の破損や紛失、盗難によって内容を証明できなくなる事態が発生します。公正証書は、公証役場で原本を20年間保管(公証人法施行規則第27条)され、万一の際も再発行を受けられるので安心です。
また、個別に定める「特別の事由」がある場合、20年よりもさらに長期間の保管が義務付けられています。
例えば、「遺言公正証書」の場合は、「遺言者の死亡後50年間、証書作成後140年間または遺言者の生後170年間」保存が必要となります。
3-3 証明力が高い
公正証書は、公証人の立ち会いのもと作成できるため、個人で作成した契約書と比べて高い証明力を持っています。
まず、締結に際して公証人が立ち会うため契約書の有効性に対して争いが起こらないことが期待できます。公証人立会のもと作成された契約書であるため、「無理矢理契約させられた」「勝手に捺印されたので無効である」といった主張は基本的に通らないためです。
また、内容の不備や不足している部分や、内容が不明確で解釈が分かれる点も、公証人のアドバイスを受けて修正できます。そのため、無駄がなく無用な紛争が起こりにくくなるでしょう。
3-3-1 処分証書
処分証書は、法的な書面のうち、意思表示や契約などの法律行為について記される文書です。前述の「当事者間の契約に関する公正証書」は主にこの処分証書に分類されます。
具体的には、遺言書や売買契約書、約束手形(売掛金などの将来的な支払いを約束する証書)などが該当します。
3-3-2 報告証書
報告証書は、法的な文書のうち、作成者の認識した事実や見解を記録したものです。公正証書の場合だと、「事実実験公正証書」はこちらに該当します。
証言の記録など、法的な事実関係を証明することができます。
3-4 心理的圧力が発生する
契約書を公正証書にすることで、より強い心理的圧力を発生させられます。
前述のように、公正証書に「強制執行認諾文言」を付与すると、訴訟などの手続きをしなくてもすぐに強制執行に着手可能です。契約を守らないようなことがあると、即給与や財産の差押えが可能となることから、債務者側に心理的にプレッシャーを与えられます。
また、作成に公証人が立ち会うため内容の効力を争う余地もなく、こちらも支払いを促す要素となるでしょう。結果的に、債務をスムーズに履行させる高い効果を期待できます。
4.公正証書を作成するデメリット
契約書を公正証書にするメリットは大きいのですが、その反面作成や変更に際してはデメリットもあります。メリットとデメリット、どちらも把握した上で、公正証書を作成するかどうか検討してみてください。
4-1 作成には費用と手間がかかる
公正証書の作成には、相応にコストと手間がかかる点に注意しましょう。
公証業務に関する相談は無料ですが、公正証書の作成自体には手数料が必要です。手数料の金額は、政府の定めた「公証人手数料令」という政令によって定められており、作成する証書の種類によって細かい規定が設けられています。
法律行為に関する契約書を公正証書にする場合、その目的の価額によって手数料が変動します。例えば、200万円の金銭消費貸借契約であれば「100万円を超え200万円以下」の項目に相当するため、基本手数料は7,000円です。
手数料の支払いは、原則として現金またはクレジットカードにのみ対応しており、作成した公正証書の交付時に発生します。消費税はかかりません。
また、作成には通常の契約書よりも手間がかかります。公正証書の作成には、公証人以外に証人を2人用意しなければなりません。証人は公証役場で紹介を受けることもできますが、原則自分で手配します。未成年や利害関係者は証人になれないという条件もあり、証人探しに苦労することもあるでしょう。
そのほか、公証人とのスケジュール調整や、実際に公証役場へ訪問することも必要です。
4-2 訂正や取り消しが簡単にはできない
公正証書は訂正・取り消しが可能ですが、その都度手数料を支払わなければなりません。内容を変更する際は原則つくり直しとなるため、新規作成の際と同様の手続きが再度必要です。その都度契約の相手方の同意も取らなければなりません。
自分で契約書や遺言などを作成する際は、当事者間の同意さえあれば自分たちで修正できるため、これは公正証書ならではのデメリットといえます。とはいえ、簡単に内容を変えられないことは公正証書の安全性を高める要因にもなっています。
5.公正証書のつくり方と流れ
実際に契約書を公正証書にしたい場合はどうすれば良いのでしょうか。ここでは、公正証書のつくり方と、完成までの流れを紹介します。
5-1 公正証書の内容を作成する
公証人は、契約を公正証書にすることは手伝ってくれますが、原則契約内容には触れません。そのため、公正証書にしたい契約の内容は自分でまとめておく必要があります。内容が分かればメモ書き程度でも問題ありません。
例えば、遺言を公正証書にしたいときは、財産の内訳と、それぞれどの相続人に継がせたいかまとめておきましょう。相手方がいる場合はそちらの同意も必要となります。
5-2 公証役場に予約をする
公証役場には、直接出向くのではなく予約が必要です。日本公証人連合会のWebサイトに、全国の公証役場の住所と電話番号が掲載されているため、まずは連絡を取ってみましょう。
公証役場の面談は本人ではなく代理人が代わりに出席することもできます。必要に応じて弁護士などに依頼してみてください。
5-3 公証役場に出頭して手続きをする
公正証書作成の手続きは、公証役場で行います。公証役場での公正証書の作成の流れは、概ね以下の通りです。
- 公証人による面談(内容の確認)
- 草案をもとにした公正証書の作成
- 公証人による内容の読み上げまたは閲覧
- 公証人と当事者・証人の署名
- 公正証書の原本の作成
出頭する際は、作成した契約書の草案と身分証明書、印鑑(必要に応じて実印)などが必要です。作成する公正証書の種類によって必要書類は異なるため、予約の際に質問した方が良いでしょう。
5-4 手数料の支払いと公正証書の受け取り
公正証書を作成したら、最後に所定の手数料を支払い書面を受け取ります。作成した公正証書の原本は公証役場に20年間保管され、必要に応じて再発行を受けられます。なお、契約の当事者に交付されるのは謄本です。謄本を受け取ったら作成手続きは完了となります。
6.公正証書の作成に弁護士は必要?
公正証書の作成は当事者のみでも可能ですが、弁護士へ契約内容の確認や立ち会いを依頼することをおすすめします。
公証人は公正証書の作成をサポートしてくれますが、その仕事はあくまで中立の立場での契約の不備を防止することです。原則契約の内容には関与しないため、自分に不利な内容の契約であっても助言はしてくれません。
知らずに不利益を被ってしまう可能性もあるため、草案を作成する際に弁護士に相談した方が確実です。
また、公正証書を作成する時点で既に相手方と紛争に突入している、その寸前であるというケースも少なくありません。冷静に顔を合わせることができないなら、弁護士を代理人として選任しておいた方が精神的負担は少なく済みます。平日に仕事を休む必要もありません。
このように、公正証書の作成について弁護士に相談するメリットは大きいでしょう。有利に契約したい、面倒な手続きを一任したい場合は検討してみてください。
7.離婚や遺言作成は公正証書にした方が安心
公正証書は、公証人の立ち会いのもと作成した契約書のことで、公的な信用が高く契約をなかったことにされるリスクが少ないというメリットがあります。強制執行の根拠である債務名義としての効力を付与できるため、訴訟の手続きを省略して差し押さえが可能です。
そのため、離婚の取り決めや遺言の作成などでは、公正証書を作成すると安心でしょう。ただし、不利な契約に合意しないために、弁護士に相談の上で内容を決定することをおすすめします。
ライズ綜合法律事務所は、30万件を超える法律相談実績がある弁護士事務所です。公正証書の作成や関連する紛争の解決をサポートしております。経験豊富な弁護士が多数在籍していますので、お困りの際はお気軽にご相談ください。
このページの監修弁護士
弁護士
三上 陽平(弁護士法人ライズ綜合法律事務所)
中央大学法学部、及び東京大学法科大学院卒。
2014年弁護士登録。
都内の法律事務所を経て、2015年にライズ綜合法律事務所へ入所。
多くの民事事件解決実績を持つ。第一東京弁護士会所属。