
1-1 立ち退き要請に直面した店舗経営者の戸惑い
「このテナントを明け渡してほしい」
ある日突然、貸主や管理会社からそんな通知を受けたら、あなたはどう対応すべきでしょうか。店舗経営者にとって、店舗は単なる「場所」ではありません。そこには時間と労力をかけて築き上げたブランド、常連客との信頼、スタッフとの雇用関係、地域とのつながりなど、多くの価値が詰まっています。だからこそ、立ち退き要請は経営にとって深刻な問題となり得ます。
まず強調したいのは、立ち退き要請が来たからといって、すぐに応じなければならないわけではないという点です。店舗などの事業用物件の多くは「借地借家法」という法律の保護を受けており、貸主が契約を解約したり、契約の更新拒絶をするには「正当事由」が必要です。単なる建て替え希望や賃料値上げの希望だけでは、直ちに退去義務が生じることはありません。
また、立ち退き要請に応じる場合でも、そのまま「はい」と承諾するのではなく、移転費用や営業補償といった「立ち退き料」の交渉が重要です。立ち退きには必ず金銭的・時間的・心理的なコストが伴います。納得のいく条件を引き出すためには、契約内容や営業状況、地域事情をふまえた冷静かつ戦略的な対応が必要です。
とはいえ、多くの事業主にとって、法律の知識や交渉経験は限られているのが現実です。「立ち退きは仕方がない」「相手が弁護士を出してきたから従うしかない」と早々に諦めてしまう方も少なくありません。しかし、適切な法的助言を受けることで、借主にも交渉の余地や保護される権利があることがわかり、状況は大きく変わる可能性があります。
本コラムでは、店舗の立ち退きを求められた事業主の方々に向けて、法的観点からの基礎知識と実務対応のポイントを、弁護士の立場からわかりやすくご紹介していきます。まずは冷静に、そして正しい情報をもとに、納得のいく解決に向けた第一歩を踏み出していただくことを願っております。
2. 立ち退きの法的基礎知識—借地借家法と正当事由
2-1 借地借家法と店舗の賃貸借関係
店舗の立ち退き要請に対して最も重要なキーワードが「借地借家法」です。
この法律は、居住用・事業用を問わず、建物の賃貸借関係を規律するもので、特に借主の立場を強く保護する内容となっています。
貸主が賃貸契約を終了させ、借主に退去を求めるためには、「正当事由」が必要とされています(借地借家法第28条)。
2-2 正当事由の判断ポイント
正当事由とは、貸主側の都合だけでなく、借主の事情も含めた総合的な判断基準です。以下のような要素が考慮されます:
- 貸主および借主双方の建物使用の必要性
- 建物の賃貸借に関する従前の経過(滞納の有無など)
- 建物の利用状況
- 建物の現況(建物の老朽化や建替えの必要性)
- 貸主による立ち退き料の提示の有無とその内容
つまり、「店舗を建て替えたい」「ビルを売却するから空けてほしい」などの事情だけでは、必ずしも正当事由として認められません。特に、借主が長年営業を続け、地域に根ざした事業を行っている場合などは、移転による損失が大きく、裁判においても借主保護の姿勢が強く見られる傾向にあります。
2-3 定期借家契約との違いと注意点
近年では、商業テナント契約に「定期借家契約」が使われるケースが増えています。これは、契約期間の終了をもって自動的に終了する契約形態で、更新がなく、正当事由が不要で退去させることが可能です。
ただし、定期借家契約であるためには、
- 書面による契約であること
- 借主に対する「契約更新なし」の事前説明があること
といった形式要件を満たす必要があり、これを怠っていれば、普通借家契約として扱われる可能性もあります。
2-4 立ち退き料との関連性
立ち退き料は、正当事由の補強材料として実務上重要な意味を持ちます。つまり、法的には支払い義務がなくとも、借主が退去に応じやすくなるよう貸主が提示するケースが多いのです。交渉においては、この補償内容が金額面・内容面で妥当であるかが焦点となります。
借主が自身の立場や交渉材料を正しく理解するためには、借地借家法の構造と「正当事由」という概念を押さえることが不可欠です。次章では、実際に立ち退き料がどのように算定され、相場としてどの程度を目安にすべきかについて詳しくご紹介します。
3. 店舗の立ち退き料—算定要素
3-1 立ち退き料の法的位置づけと実務
立ち退き要請に対する交渉で最も重要な要素のひとつが「立ち退き料」です。
特に、飲食店や美容室、小売業などの事業者にとって、店舗の立ち退きは単なる「場所の移転」ではなく、営業上の大きなダメージとなります。したがって、その損失を補填する補償金としての立ち退き料の交渉は、納得のいく解決を図る上で不可欠です。
立ち退き料は、借地借家法に明文で定められているものではなく、あくまで実務上の「和解金・補償金」として交渉によって取り決められる性質のものです。
ただし、立ち退きに「正当事由」が不十分な場合には、貸主が立ち退き料を支払うことで正当事由の一部とみなされるケースもあり、裁判実務上は極めて重要な要素となっています。
3-2 店舗立ち退き料に含まれる損失項目
実務では、店舗に対する立ち退き料の目安として、以下のような費用・損失を考慮することができます。
- 店舗の引越し費用・原状回復費用
- 新規物件取得のための保証金・礼金・仲介手数料
- 内装工事や什器の再設置費用
- 営業停止期間における売上損失(営業補償)
- 地域における顧客の減少による影響
- 立地的優位性の喪失
これらを具体的に積算し、見積書や営業資料などとともに提示することで、合理性のある立ち退き料を主張することが可能になります。
3-3 借家権価格と立地評価の視点
一部の裁判例や交渉では、「借家権価格(事業用の不動産における、借主としての立場に内在する経済的利益)」という観点から立ち退き料が算定されることもあります。
特に、古くから営業している老舗店舗や、駅前・繁華街といった好立地のテナントでは、借家権の評価額が高額になる傾向があります。
立ち退き料は、交渉の余地が非常に大きいテーマであり、借主が自らの損失をきちんと主張できるかどうかで大きな差が生まれます。
次章では、実際の交渉場面で弁護士がどのような役割を果たし、どのように立ち退き問題を解決へと導いていくのかをご紹介します。
4. 立ち退き交渉の実務—弁護士の視点から
4-1 交渉準備としての情報収集と資料整理
立ち退き問題は、最終的に「交渉」で解決されることが大半です。しかしその交渉は、単なる話し合いではなく、法的根拠・損失の根拠・交渉戦略を踏まえた極めて繊細なプロセスです。ここでは、弁護士が関わる交渉の実務を、借主側の立場からご紹介します。
交渉に入る前に、まず重要なのが「情報と証拠の整理」です。以下のような資料を用意することで、交渉における主張の裏付けが可能になります。
- 賃貸借契約書および更新履歴
- 賃料や保証金、敷金の支払履歴
- 営業実績や損益計算書(売上証明)
- これまでの貸主とのやり取り(メール・書面)
これらを通じて、契約上の地位を確認し、自社の営業基盤・損害発生可能性を「見える化」することが、説得力のある交渉を可能にします。
4-2 弁護士が交渉に加わるメリット
弁護士が代理人として交渉を行うことで、以下のような利点が得られます。
- 感情的なやり取りを避け、冷静で論理的な交渉が可能になる
- 法律や判例に基づいた合理的な主張を構築できる
- 相手側(貸主や不動産管理会社、弁護士)との力関係の不均衡を解消できる
- 書面交渉を通じて、証拠としての効力がある記録を残せる
- 不当な立ち退き要請に対し、毅然とした対応ができる
特に、相手方がすでに代理人弁護士を立てている場合、借主も専門家を通じた対応が必要です。交渉の場では、法律的知識と経験が勝負を左右するため、対等な立場で主張するためには弁護士の関与が不可欠です。
4-3 書面交渉とトラブル回避の工夫
交渉中は、以下の点にも注意が必要です。
- 口頭だけの合意は避け、書面での取り交わしを徹底する
- 合意書には、退去日、立ち退き料の額、支払時期、原状回復条件などを明記する
- 金額だけでなく、「営業の継続性」や「移転のタイミング」にも配慮した条件交渉を行う
立ち退き交渉においては、「譲れる点」と「絶対に譲れない点」を明確にし、主導権を失わずに対話を進めていくことが重要です。
交渉の成否は、最初の一手にかかっているといっても過言ではありません。弁護士とともに計画的に進めることで、感情的な衝突や法的トラブルを避けつつ、事業を守る最善の道を模索することが可能になります。
4-4 契約形態に関する実務上の注意点
定期借家契約においては、契約期間満了で明け渡しが認められやすい一方、その契約内容が曖昧であったり、説明義務を果たしていなかった場合には、普通借家契約と認定されることもあります。
「契約書には定期借家と記載があるが、説明書類が存在しなかった」ケースでは、契約が無効と判断され、借主の立場が保護され契約の形式的要件が不備である場合には、法的に争う余地があるのです。
立ち退きの成否は「正当事由の有無」と「補償の適正性」に集約されます。また、借主側が交渉や訴訟において不利にならないためには、事前の準備と法的助言が極めて重要です。
次章では、こうした場面で弁護士に相談・依頼することのメリットについて詳しく解説します。
5. 弁護士に相談・依頼するメリット
5-1 自身の法的立場の整理
店舗の立ち退き問題に直面したとき、多くの事業主が「弁護士に相談すべきか迷っている」とおっしゃいます。確かに、いきなり法的な対応をとることにハードルを感じる方も少なくありません。しかし、立ち退き交渉は、金額・期限・補償内容などの重要な利害が絡むため、初期の段階から弁護士に相談・依頼することで、交渉の主導権を握ることが可能になります。
まず、弁護士に相談することで、自分の契約形態や権利義務関係を法的に整理することができます。
「これは普通借家契約なのか?定期借家契約なのか?」
「契約違反は本当にあるのか?正当事由は成立するのか?」
といった疑問に対し、客観的で専門的な判断を得られます。
この情報があるだけでも、貸主の言い分に対して安易に妥協することなく、自信を持って対応できるようになります。
5-2 弁護士による交渉代理の安心感
立ち退き交渉は、貸主や管理会社、またはその代理人弁護士とのやりとりとなることが多く、借主にとって心理的にも負担が大きいものです。弁護士が代理人として交渉に入ることで、感情的な摩擦を避け、冷静かつ法的に妥当な形で交渉を進めることが可能です。
また、交渉の中で取り交わされる合意書や覚書の内容についても、弁護士が法的観点からチェック・作成を行うことで、将来的なトラブルのリスクを最小限に抑えることができます。
5-3 裁判への備えとリスク管理
交渉が決裂し、調停や訴訟に発展する可能性がある場合でも、最初から弁護士が関与していれば、証拠の収集や主張立てが整っており、有利に裁判を進めることができます。逆に、交渉段階での対応に不備があると、裁判で不利になることもあります。
5-4. 弁護士費用と費用対効果
「弁護士費用が高いのでは?」と心配される方もいらっしゃいますが、実際には弁護士が関与することで、立ち退き料の増額や移転条件の改善といった経済的なメリットが得られることが多く、結果的に費用対効果は十分に見込めます。
また、法律事務所によっては初回相談無料や着手金不要のプランもあるため、まずは気軽に相談してみることが第一歩です。
立ち退き交渉は、法律と交渉戦略の両面からのアプローチが必要なデリケートな問題です。少しでも不安や疑問がある場合は、早めに弁護士にご相談いただくことを強くおすすめします。
次章では、これまでの内容をふまえ、店舗の立ち退きにおいて借主が納得のいく解決を目指すための最終的な指針をまとめます。
まとめ
適切なタイミングでの行動が鍵
事業者にとって、店舗からの立ち退き要請は、売上・顧客・従業員・事業の将来に関わる重大な問題です。「突然の通知」「不明確な理由」「納得のいかない条件」に直面して、不安と焦りのなかで対応に追われてしまう方も少なくありません。
しかしここまでご覧いただいたように、借主には法律上保護されるべき立場と主張できる権利が確かに存在します。借地借家法により、貸主が立ち退きを求めるには「正当事由」が必要とされ、しかもその判断には借主の事情も含めた総合的な検討が行われます。
また、立ち退き交渉においては移転費用や営業補償といった「立ち退き料」の交渉の余地が十分にあることは明らかです。
言い換えれば、「出て行くか否か」だけでなく、「どのような条件であれば納得して応じられるか」を考える余地が常にあるのです。
そして、こうした複雑かつ専門的な交渉を適切に進めるためには、弁護士をはじめとした専門家の関与が極めて重要です。
法的な観点から正当事由の有無を評価し、交渉戦略を立て、合意書の作成まで一貫して支援することで、借主の不安やリスクを大幅に軽減することができます。
弁護士に相談するタイミングは「争いになってから」ではなく、「立ち退き要請を受けたとき」こそが最適です。早い段階で状況を把握し、準備を整えることで、交渉における選択肢を増やし、冷静かつ合理的に事業を守る道を選択できるようになります。
立ち退きを迫られても、すべてを諦める必要はありません。むしろ、それは事業を見つめ直し、将来のためにより良い条件を模索するチャンスでもあります。
不利益を被らないために、そして納得のいく着地点を見出すために、弁護士とともに、法と交渉の力を味方につけて対応することをおすすめします。
お困りの方は、ぜひ一度お気軽にご相談ください。あなたの事業と権利を守るために、私たちが力になります。
このページの監修弁護士
弁護士
三上 陽平(弁護士法人ライズ綜合法律事務所)
中央大学法学部、及び東京大学法科大学院卒。
2014年弁護士登録。
都内の法律事務所を経て、2015年にライズ綜合法律事務所へ入所。
多くの民事事件解決実績を持つ。第一東京弁護士会所属。